原発の問題点 ~ニーチェ主義者が考える原発行政の闇~⑤私の提案、まとめ

結局原発は・・・そして私の案

 

今まで書いた通り、原発のコストパフォーマンス性は私たちが思っているほどではない。はっきり言って疑わしい。要の発電力におけるコストパフォーマンスも期待外れだ。これは自分で調べれば分かる事なので書かないが、それより前書いた様に、日本の原発行政が原子力の利益関係者にとって凄くおいしいものである、という事実はしっかり理解する必要がある。口酸っぱく言うが、これは経産省の予算獲得、地方自治体の財源、東京電力にとっての資産を無駄にしないための理屈であるともいえる。だが私は原発行政を批判していても、原発の根絶には反対だ。それは代替性の面からの意見だ。これは非常に重要な事だ。

原子力のメリット

 

 原子力発電は火力よりは発電量が多いのは事実だ。そして今現在の発電方法の中では安定して多くの電力を生み出す事ができる。そして他の発電方法の費用が高くなり過ぎたり、機能しなくなった時原発は代わりの発電方法として有用だ。その意味で主要な電源の一つとしてはいい。だがこれを日本中に作るのは全く意味のない事だ。むしろ金もかかる。メイン電源として使う事も日本の負担を増やすだけ。そして原子力村の懐が温かくなるだけ。各電力会社のためになるだけ。日本のためにはならない。これを忘れてはならない。

推進もダメ。反対派でもない。なら私の案は?

 

原発を残し、しかも増やさない為にする方法は何か。ヘーゲル風に言えば反原発と推進派の立場を止揚させる方法はあるだろうか。私なら原発を一か所に集めてみてはどうかと考える。国がある特定の一か所に原発特区を設置し、そこ以外の場所に原発を設置できなくする。そして原発をある一地区に集中させる。これはリスクや費用を一か所に集める事で管理しやすくするためだ。更に交付金を減らす事に繋がるし、事故が起きた時の対応もしやすい。被害の拡大も防ぎやすい。例えば大量の原発を集めれば一帯を鉛で囲う事もできる。諸費用(輸送費、人件費、等)も経済的だ。

 その為には東京電力以外の会社が原発を保有する事を禁止する。そして各電力会社が保有する原発を全て東京電力が買い取る。そして東京電力は不要な原発を責任持って処分する。(長期的にだが)許可された場所にない原発は全て廃止する。

原発行政の縮小の副作用

 

だが原発を集める事(つまり原発行政の縮小)は副作用がある。まず金がかかる。だが、交付金を何十年にわたって払うよりはマシだ。その交付金は下がる事は一生なく上がり続けるしかないのだから。(来年度予算案では交付金は912億円も計上されているそう。これをこれから先ずっと払い続ける。しかもそれは安全の名の下、下がる事無く上がり続ける。これを日本が破滅するまでずっと払い続けるのよりはましだ)

 そしてここで言いたいのは禁断症状についてだ。原発がある地方自治体は原発助成金という麻薬を使用し続ける事で自身の維持を続けてきた。つまり経済は原発特需によって支えられてきた。これが無くなると大変な事になる。麻薬が無い中毒者の様になる。自治体は廃れるだろう。だが麻薬使用者が禁断症状をきたしたとして、国民のだれが同情するだろう。皆言うはずだ。自己責任だと。自治体も同じだ。原発振興金という麻薬を使い、予算を得てきた。景気を支えてきた。これを失ったら発狂するだろう。彼らは麻薬中毒者と何が違うのか。その禁断症状は景気を回復する為の方策を考えなかったツケだ。やらなければならない事があるのに安易な手段を選んだのが悪い。

 結局今までの事をまとめると、

原発は万能ではない

原発は主要な電源の一つとして数えるのはいいが、火力の代わりにはならない

原発を増やす事は利益関係者のためにしかならない

④この側面がある事を理解した上で、果たして原発政策をこのまま推進する事が国民にとっての真の幸福、正義(最大多数にとっての功利)であると言えるのか。快であると言えるか。それを選挙で支持できるか

 こんな感じだ。一番重要なのはメディアに騙されず、ネットにだまされず、国に騙されず反対派に騙されず、自分の頭で良く考える事だ。もしかしたら私も嘘を言っているかもしれない。これを機会に思考停止をせず、物事を深く考えて、自身の良心を見失わず、末人にならない事が重要だ。

次回からは結局デモの様子や感傷的な議論しか取り上げられなかった安保法制について少し考えてみたい。今更ながらあれは何が悪かったのか。分からないままでいる人もいるかもしれない。そんな人にも、そして自身の持論の形成の為のヒントになるような事を考えてみたい。